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おね を― 1 2 【尾根】

山の稜線(りようせん)峰続き山稜
「―伝いに歩く」「―すじ」



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高台院

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/04/17 05:14 UTC 版)

(おね から転送)

高台院(こうだいいん、天文16年(1547年)?[1] - 寛永元年9月6日1624年10月17日))は、戦国時代室町時代後期)から江戸時代初期の女性で、豊臣秀吉正室である。杉原(木下)家定の実妹であるが浅野家に養女として入り娘となる。秀吉の養子となって後に小早川家を継いだ小早川秀秋(羽柴秀俊)は、兄・家定の子で彼女の甥にあたる。


  1. ^ 生年は他に天文11年(1542年)・天文17年(1548年)・天文18年(1549年)などそれぞれ諸説あり。
  2. ^ 松田毅一・川崎桃太らは違和感をやわらげるため、「女王」を「羽柴夫人」「関白夫人」と翻訳している。(『完訳フロイス日本史4』の凡例より)
  3. ^ 『歴史秘話ヒストリア』2010年9月22日放送分
  4. ^ 「石田三成とその一族」など
  5. ^ 当初は「おね」が使われる予定だったが、原作(司馬遼太郎著)に忠実にするという理由で再び「ねね(実際は漢字表記の寧々)」に戻された。なお、2009年の『天地人』では台詞で「おね」と呼ばれるシーンはあるが、本格的な登場が「北政所」を名乗った後の事であったため、「おね」とクレジットされることはなかった。


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