三省堂 大辞林 |
おかあさん 2 【《お母さん》】
⇔お父さん
「―、ただ今」「君の―、おいくつ」
(2)母親の立場にある人をいう語。母親が自分をいう場合にも用いられることがある。
⇔お父さん
「いい―になって下さい」「―はもう知りませんよ」
(3)花柳界で、芸妓・娼妓が置屋や茶屋の女将(おかみ)を敬って呼ぶ語。
映画情報 |
おかあさん
| 原題: | МАЧЕХА |
| 製作国: | ソ連 |
| 製作年: | 1973 |
| 配給: | 日本海映画 |
| スタッフ | |
| 監督: | O. Bondarev オレーグ・ボンダタフ |
| 脚本: | E. Smirnov エドゥアルド・スミルノフ |
| T. Doronina タチヤナ・ドローニナ | |
| 撮影: | I. Chernyv イーゴリ・チェルヌィフ |
| 音楽: | G. Ponomarenko G・ポノマレンコ |
| 字幕監修: | 野中重雄 ノナカシゲオ |
| キャスト(役名) |
| T. Doronina タチヤナ・ドローニナ (Shura) |
| L. Nevedomsky レオニード・ネヴェドムスキー (Pavel) |
| L. Kostereva レーナ・コステレヴァ (Sveta) |
| 解説 |
| ロシヤのステップに広がるソホーズ。そこに生きる人人の生活模様と母と子の愛情の機微を描いた長篇劇映画。監督はオレーグ・ボンダタフ、脚本はエドゥアルド・スミルノフとタチヤナ・ドローニナ、撮影はイーゴリ・チェルヌィフ、音楽はG・ポノマレンコが各々担当。出演はタチヤナ・ドローニナ、レオニード・ネヴェドムスキー、レーナ・コステレヴァ、ナジェージダ・フェドーソヴァなど。日本語版監修は野中重雄。カラー、ワイド。 |
| ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください |
| シューラ・オレワンツェワ(T・ドローニナ)は、ソホーズの機械技師をしている夫パーヴェル(L・ネヴェドムスキー)と二人の子供たちに囲まれて穏やかで幸福な日々を送っている。夫は優秀な技師としてこの地区では名も知られていたし、一家はまもなく新しいアパートに移ることになっていて、彼女は充たされた生活をしていた。だが、そんな生活に突然、暗い影がさした。夫にきた一枚の手紙からであった。夫には昔の恋人との間に子供がいたのである。その子供が最近母親を亡くして孤児になってしまったという。夫は子供がいたことなど知らなかったといい張り、シューラは嫉妬心から夫をなじった。彼女は子供を引き取るべきかどうか迷った。この自分の家庭に“養子”を迎え入れることはとてもできそうになかった。“継母”という言葉が持つ響きを考えただけでも耐えられそうになかったのだ。だが夫の決意は固かった。シューラはついに夫と共にそのスヴェータ(L・コステレヴァ)という娘を引き取ることにした。母の死を体験したスヴェータは他の人となじもうとせず、黙りこくって小さな心を閉ざし、すっかり偏屈な子供になってしまっていた。実の父である夫のパーヴェルに対しても、彼女はかたくなに心を閉ざしつづける。こうしてスヴェータに“おかあさん”と呼ばれる日まで、シューラの母親としての苦しい闘いの日々が続いた。 |
おかあさん
| 原題: | |
| 製作国: | 日本 |
| 製作年: | 1952 |
| 配給: | 新東宝 |
| スタッフ | |
| 監督: | 成瀬巳喜男 ナルセミキオ |
| 製作: | 永島一朗 ナガシマイチロウ |
| 脚本: | 水木洋子 ミズキヨウコ |
| 撮影: | 鈴木博 スズキヒロシ |
| 音楽: | 斎藤一郎 サイトウイチロウ |
| 美術: | 加藤雅俊 カトウマサトシ |
| キャスト(役名) |
| 田中絹代 タナカキヌヨ (福原正子) |
| 三島雅夫 ミシママサオ (福原良作) |
| 片山明彦 カタヤマアキヒコ (福原進) |
| 香川京子 カガワキョウコ (福原年子) |
| 榎並啓子 エナミケイコ (福原久子) |
| 三好栄子 ミヨシエイコ (おばあさん) |
| 鳥羽陽之助 トバヨウノスケ (福原直彦) |
| 一の宮あつ子 イチノミヤアツコ一ノ宮敦子 (福原こよ) |
| 中北千枝子 ナカキタチエコ (栗原則子) |
| 伊東隆 イトウタカシ (栗原哲夫) |
| 中村是好 ナカムラゼコウ (平井信造) |
| 本間文子 ホンマノリコ (平井みの) |
| 岡田英次 オカダエイジ (平井信二郎) |
| 加東大介 カトウダイスケ (木村庄吉) |
| 沢村貞子 サワムラサダコ (おせい) |
| 解説 |
| 製作は「暁の急襲」の永島一朗で、全国児童綴り方集「おかあさん」(講談社発行)から、「せきれいの曲」の水木洋子が脚本を書き、「お国と五平」の成瀬巳喜男が監督に当たっている。撮影は「海賊船」の鈴木博。主演は「安宅家の人々」の田中絹代、「黎明八月十五日」の岡田英次と香川京子で、三島雅夫、片山明彦、中北千枝子、加東大介などが助演している。 |
| ストーリー※ストーリーの結末まで記載されていますので、ご注意ください |
| 戦災で焼け出された洗濯屋の福原一家は、父が工場の守衛、母は露店の飴売り、娘の年子はキャンディ売りに精を出したおかげで、やっと元のクリーニング屋を開くことができた。長男の進は母に会いたい一心から病気の身で療養所を逃げ出してきたために死んでしまったが、店は父の弟子であるシベリア帰りの木村のおじさんが手伝ってくれることになり、順調なスタートを切った。年子が近所のパン屋の息子信二郎と仲良しになった頃、病気で寝ていた父が死んだ。母は娘二人と引き揚げ者の甥哲夫を抱え、木村の手ほどきを受けながら女手一つで馴れない店を切り回すことになった。木村と母の間についてあらぬ噂が立っていることを信二郎から聞いた年子は、娘心に思い悩んだが、妹の久子を他家に嫁にやる話まで出るようになると、女の腕のかよわさをしみじみと悟らざるを得なかった。事実久子はもらわれていき、哲夫もやっと一人前の美容師になった母親の元に戻されることに決まって、一家は最後の楽しいピクニックに出かけた。やっと母も一人立ちできるようになり、木村は自分で店を出すために去っていった。母一人娘一人残った福原家では、新しい小僧も迎え、ようやく将来への安定した希望も湧いてきたのだったが−−年子の心には、母は本当に幸せなのだろうか、とかすかな憂いが残って消えないのだった。 |
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おかあさん
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2011/07/05 09:07 UTC 版)
おかあさん
- お母さん、母親の事。
- 1952年の公開の日本映画。田中絹代らが出演した。→おかあさん (映画)
- 1958年9月から12月、および1959年10月から1967年6月にかけてTBS(KRテレビ)で放送されたテレビドラマ。
- 詩人サトウハチローが、1961年から1963年にかけて出版した詩集。上のテレビドラマから生まれたもの。
- 田中ナナ作詞、中田喜直作曲による童謡。日本の歌百選に選定されている。→おかあさん (曲)
- 中田喜直が作曲した混声(女声)合唱組曲。子供が作った10の詩に曲づけされている(上の曲は含まれていない)。
- ザ・テンプターズの曲。1968年リリース。→おかあさん (ザ・テンプターズの曲)
- 歌手・森昌子の曲。1974年リリース。→おかあさん (森昌子の曲)
- 歌手・香田晋の曲。フジテレビ系の番組・クイズ!ヘキサゴンIIのエンディングテーマとして使われた。作詞は島田紳助。→おかあさん (香田晋の曲)
- 間所ひさこ作詞、岩河三郎作曲の合唱曲。→おかあさん (合唱曲)
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おかあさん
出典:『Wiktionary』 (2011/08/01 08:28 UTC 版)
名詞
語源
- 明治30年代に、文部省が尋常小学校教科書において、母親の呼称の階級差をなくすことを目的に、「おとうさん」等と同様造語したもの。公家言葉の「おたあさま」と庶民言葉の「おっかさん/かあちゃん」を足して造ったものとされる。
関連語
翻訳
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