防府歴史用語辞典 |
大内輝弘 (おおうちてるひろ)
父親が大内義興[おおうちよしおき]の弟にあたりますが、父親と大内義興が不仲になり、豊後[ぶんご]の大友[おおとも]氏のところへ亡命していました。大内氏がほろびると、大友氏の力を借りて、山口に攻め込み、大内氏を再興しようとしますが、失敗し、防府の茶臼山[ちゃうすやま]で自害しました。
関連項目
戦国武将覚書 |
大内輝弘(おおうち てるひろ) 1520~1569
○四郎左衛門
◇父:大内隆弘 子:大内武弘
周防・大内氏一族だが、父隆弘は家督争いで義興に敗れて殺され、輝弘は、豊後・大友氏の下に身を寄せる。大内氏滅亡後、大友氏の支援を受けて、旧臣を糾合して再興を図り挙兵、高嶺城に攻め込み奪還したが、安芸・毛利氏に敗れて自害した。
◇父:大内隆弘 子:大内武弘
周防・大内氏一族だが、父隆弘は家督争いで義興に敗れて殺され、輝弘は、豊後・大友氏の下に身を寄せる。大内氏滅亡後、大友氏の支援を受けて、旧臣を糾合して再興を図り挙兵、高嶺城に攻め込み奪還したが、安芸・毛利氏に敗れて自害した。
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