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あぶさんの登場人物

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/03 12:40 UTC 版)

あぶさん > あぶさんの登場人物

あぶさんの登場人物では、水島新司野球漫画あぶさん』の登場人物について記述する。

なお、作中に登場する実在の人物については、あぶさん#実在人物を参照。


注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。免責事項もお読みください。


目次

景浦安武とその家族

景浦 安武(かげうら やすたけ)
  • 北明高校 - 北大阪電気 - 南海・ダイエー・ソフトバンク(1973年 - 2009年
当作品の主人公。福岡ソフトバンクホークスの元外野手。詳細は景浦安武を参照。
景浦 サチ子(かげうら さちこ)
安武の妻。居酒屋「大虎」の看板娘。旧姓:桂木。身長163cm。生年月日不詳だが、安武が南海に入団した1973年に18歳であったことから、8歳年下と考えると1954年度生まれと思われる。
生まれて直ぐに母を亡くす。会った人間(老若男女・国籍問わず)が十人中十人「あぶさんの奥さん、美人ですね」と言うほどの美人だが気が強く、情が厚く、涙もろい。生まれた際、虎次郎は「美人(みと)」と名付けようとしたが、結局サチ子という名前になった。
初登場時(18歳)から安武一筋。彼が南海に入団する際は「契約金でツケを返されたら、この店(と自分)との縁が切れてしまう」と嘆き、虎次郎の機転でツケの受け取りを拒否した。独身の頃は人気カメラマンに一目ぼれされるなど、結構いろいろな男からモーションをかけられているが全て礼節をもって断っている。安武との間には1男(景虎)1女(夏子)をもうけている。基本的に大阪弁で話すが、舞などが来た時などは標準語で話す。
お洒落をすればかなり見栄えのする外見になるが、普段は化粧も控えめ、服も地味なもので、あくまで居酒屋「大虎」の看板娘として振る舞っている。贅沢は好まず、かといって必要以上にケチらず、夫である安武を支え続ける賢婦である。
景浦 景虎(かげうら かげとら)
安武とサチ子の長男。福岡ソフトバンクホークス投手。左投左打。1981年12月17日生まれ(誕生日は安武と同じ)。
誕生祝いに訪れた当時の阪神・小津正次郎社長(当時)、祖父・虎次郎の密約で左利きに育てられる。試合で登板すれば、ノーヒットで抑えて当たり前というほどのずば抜けた野球の実力に加え、安武の息子という話題性から小中高と常に注目を浴び、なにわ中学校3年(1996年11月、当時14歳)時に父と同じ福岡ダイエーホークスからドラフト3位で指名される。野球選手としての実力が評価されたのは言うまでもないが、その時は父のアドバイスもあり入団しなかった。その後地元大阪の一番星学園高校に入学し、野球に関しては当初まったくの無名高ながら春・夏の甲子園大会に5度出場して、2度優勝した。主将も務めるなど大活躍する。
高校卒業後、父とのプレーを望みダイエーへの入団を熱望するが、1999年のドラフトで抽選によって大阪近鉄バファローズへ入団。鈴木啓示永久欠番である背番号1を与えられる。2000年に新人王を獲得。父からは放任教育だったが、プロ入り後の度重なる対戦によって打者としての父を知ることとなる。150km/hを超える剛速球と橋本武広から習ったとされる(自分で練習したという描写もある)カーブを武器に好成績をあげ、2000年に1年目で初出場したオールスターでは江夏豊以来となる9連続奪三振を達成している。その後、2003年のオールスターでも9連続三振を達成。2001年にはダイエー戦でノーヒットノーランを達成。
2004年シーズンオフ、選手分配ドラフトオリックス・バファローズに移籍。2005年にはソフトバンク戦(大阪ドーム)で日本球界史上最速の163km/hの剛速球を投げた。オリックスでの背番号は01
2006年シーズンオフ、ランディ広岡とのトレードで阪神タイガースに移籍。阪神での背番号はオリックス時代と同様に01
2008年シーズン前、婚約者の舞と結婚。オフにはFAでのメジャー移籍が取りざたされたが、父の現役続行を聞くと迷わず一転、ホークス入りを決めた。その直後に舞が第一子を出産、その時刻が日付も含めて「1」のゾロ目だったことからホークスでの背番号も01に決まった。
父・安武は名前は「上杉謙信の幼名からとった」としているが、正確には「景虎」は謙信の幼名ではなく将軍・足利義輝から「輝虎」の名を貰うまでの諱で、謙信の幼名は「虎千代」。上杉姓を名乗るまでの長尾景虎が正しい。ちなみに新潟には「越乃景虎」という日本酒が醸造されており、これも関連すると思われる。
基本的に大阪弁で話すが、まれに標準語(べらんめえ口調)が混じる。非常に男気にあふれた明るく直情的な性格で、父の安武は野球人として尊敬の対象であるとともに常に目の前に立ちふさがり、乗り越えるべき最強の好敵手でもある。
景浦 舞(かげうら まい)
景虎の妻。大手建設会社「秋葉建設」の社長・連太朗の孫娘。旧姓:秋葉。
基本的に丁寧な語調で話すが大阪弁も使えるため、「大虎」の常連客ともあっという間になじんだ。大会社の令嬢だが、気取ったところはなく親しみやすい性格。2008年11月、長男の小虎を出産。
景浦 夏子(かげうら なつこ)
安武とサチ子の長女で景虎の妹。1984年8月12日生まれ。母親に似て美人。
中学2年の時、大阪の芸能プロダクションである淀プロダクションにスカウトされるが、スカウトマンは安武の娘とは知らずにスカウトしている。その後、プロダクション側も安武の娘だと知ることになるが、純粋に夏子と言う少女の才能に惚れ込む。その後、両親も娘の芸能界入りを快く認め、モデル等で活動。
高校3年になり、東京に出てタレントになるかそのまま淀プロに所属するか悩む事になるが、最終的には大阪に残り大学に進学しつつ、淀プロでタレントとして活動する事を決める。その後人気急上昇に伴い、大学卒業後は東京に転居することになった。その後、飲食業の男性と結婚して引退、夫婦で店を営む。
桂木 虎次郎(かつらぎ とらじろう)
サチ子の父。通天閣の見える大阪の下町「ほとけ横丁」で居酒屋「大虎」を営む。1925年12月14日生まれ。
妻に先立たれ、男手ひとつで娘・サチ子を育て上げた。生粋のタイガースファンで、試合の勝敗によってメニューの割引が行われる。大虎の常連となった安武を気に入り、安武とサチ子の仲が進展するようにさまざまな策を練っていた。安武のことをサチ子と結婚してからは「ムコ殿」と呼んでいる。
景虎が産まれてからは孫バカで、一時近鉄・オリックスファンにもなっていた。以前は田淵幸一が西武へトレードされた際に餞別として彼自身から贈られたタイガースのユニフォームをよく着ていた。安武がテストを受けて南海に再入団した時に、自分も新たな気分になるべく店を大改装。キャバレーのような電飾看板を取り付ける。自身もサングラスにオーバーオールというナウい出で立ちになり、周りを仰天させた。現在は景虎と同じ球団(近鉄・オリックス・阪神・ソフトバンク)のユニフォームを着ていることが多い。
1985年の阪神優勝を機に店の名を「大虎」から「大鷹」に変えようとするが、阪神タイガース・小津社長(当時)の説得で思い止まる。
景浦 安造(かげうら やすぞう)
安武の実の父。魚河岸で働いていた。安武は下戸と聞いていたが実は大酒豪で、安武誕生と共にきっぱり断酒した。1952年没。
小林 花子(こばやし はなこ)
安武の実の母。生年月日不詳。新潟県新潟市中央区学校裏町在住。
「女うわばみ」と異名を取り、息子である安武にも勝るとも劣らない酒豪。安造と死別後、満の父と再婚。連れ子の満を実子と同じ深い愛情を注いでいる。なお再婚に際しては「(安武が帰郷しやすい様に)自分の住んでいた家で暮らすこと」を条件にしている。1974年夏、藤井寺球場で行われた高校軟式野球の全国大会に出場した満の応援で来阪。その夜に「大虎」を訪れ安武を取り巻く温かな環境を知り、安心して夜行寝台特急・つるぎに乗る。そのときは虎次郎もサチ子も安武の実母だとは全く気が付かなかった。1978年の自主トレの際はトラックで中百舌鳥に乗りつけ、を土産に広瀬監督らに挨拶している。
但し、満が甲子園初戦でサヨナラ負けしたことが描かれている回の最後のコマで身分を明かしていないという設定にも関わらず、「大虎」で「終わったんじゃのお、満の夏も」と身内そのものの発言をしている。
小林(こばやし)
花子の夫であり満の実父。
下戸で温厚な紳士。勤務先は「朱鷺」を製造する酒造会社。趣味は将棋で、大山名人署名入りの駒が自慢。安武とも実の親子同様に心が通じ合っている。定年退職後は書道教室を開く。花子との再婚後、少しずつ酒が飲めるようになる。
小林 満(こばやし みつる)
安武の義理の弟。オリックス・バファローズのコーチ。1958年度生まれ。
1973年暮れに安武と初対面。翌年に軟式の全国大会に出場するも1回戦負け。1976年、監督以下チームメイト等の説得で軟式野球から硬式に転向、強肩強打の外野手として甲子園出場を果たす。甲子園では初戦、最終回無死満塁のピンチにリリーフに立つも大暴投でサヨナラ負け。
しかし、その肩の地力を日本ハムファイターズの瓜生スカウトに見抜かれ、投手としてドラフト4位で入団。背番号は「景浦安武(90番)を超える」という意味から当時の大沢啓二監督の一言で「91」番となる。ちなみにノンプロ新潟水産に就職が内定していた。1977年のオープン戦、安武との初対決では死球を与える。
南海の野村選手兼任監督(当時)は「越後の新米」と絶妙のあだ名をつける。同年は2軍で鍛え、1軍デビューは翌1978年、安武を三振に討ち取り、大沢監督は「これぞ火の玉投手でぇ!」と誇らしげに哄笑する。翌1979年、近鉄戦で連続スクイズによるサヨナラ負けを喫するが、対戦した佐々木恭介も栗橋もバットを折られた挙句の苦し紛れのスリーバントだった。
1981年、俵星外野手とのトレードで南海ホークスに移籍。背番号は日本ハム時代と同じ「91」。
同年、阪急戦に松本幸行と投げ合い、1-0で勝利。その試合で和子にほのかな恋心が芽生えた。また景虎と夏子の子守をするシーンも多く見られた。
プロ7年目の1983年、キャンプ途中で肩を痛め、野手に転向。当初は荒れ狂うも必死のリハビリと努力の末、義兄・安武とともに打者として活躍する。
プロ9年目の1985年ヤクルトスワローズに移籍(その直前には、プロゴルファーへの転身も真剣に考えていた)。背番号は当時の空き番号「2」。当時の水島作品である『虹を呼ぶ男』ではヤクルトが舞台なため、台詞こそないが後ろ姿で登場している。
1989年には倉田洋子と結婚(後に西武への金銭トレードの際に離婚するが、その後復縁する)。
ホークスでの打者転向以来、スワローズ、ライオンズ(背番号「0」)と主に代打として活躍してきたが、西武ライオンズ時代の1995年、プロ19年目・37歳でオリックスのイチローと同率首位打者に輝き、かなりの遠回り・遅咲きではあるが外野のレギュラーを獲得する。
その後、1997年オフにFA宣言して、福岡ダイエーホークスに移籍。背番号は「93」。1998年の1年間だけ再び安武と兄弟でプレーし、一時は引退を決意するが、当時の阪神タイガース野村克也監督の誘いで捕手として阪神に入団(背番号「92」)。その後、現役最晩年には大阪近鉄バファローズに移籍し、甥の景虎とバッテリーを組んだ(背番号は同じく「02」)。
2001年オフに現役引退。引退後はオリックス・ブルーウェーブにコーチとして入団。現在もオリックス・バファローズでコーチを勤めている。
投手(1977年~1982年)としての6年間は素質の割にはさほど華々しい実績はなく、打者転向後(1983年~2001年)も前半の10年近くを控えの外野手・代打として数球団を渡り歩きながら、後年は首位打者や遅咲きのレギュラーを獲得したり最晩年は捕手に転向して甥の景虎とバッテリーを組むなど、苦労しながらもコツコツと野球を続けて44歳で引退するまでのべ7球団、合計26年間に及ぶ現役生活を勤め上げた。

大虎周辺の人々

春野 和子(はるの かずこ)
旧姓:山田。通称「カコ」。1966年9月2日生まれ。安武が独身時代に住んでいたアパートの隣室に住む小学生として登場。父はおらず母子2人で暮らしていた。幼少時は安武の婚約者を自認し、サチ子にライバル意識を燃やす。ことあるごとに「やすたけェ!」と絶叫していたが現在では安武のことを「あぶさん」と呼んでいる。その後も父、兄として慕ってきた。普段留守がちな安武の部屋を自室としてつかい、猛勉強の末に大阪大学法学部に合格。司法試験にも合格し弁護士として活躍中。新幹線の中で偶然知り合った会社員の春野一(モデルは芸人の「春一番」)と結婚し、長男「安武」を出産。
大山 哲矢(おおやま てつや)
和子の幼馴染。高校時代大阪大会決勝に出場したが、あと1アウトで甲子園出場が決まる場面で平凡なライトフライを落球しサヨナラ負け。その後、近畿大学からNTT関西で活躍後、一番星学園高校監督となり景虎などを指導し甲子園優勝監督となる。ちなみに、幼少時の容姿はドカベン殿馬一人の初期デザインに酷似している。
高校2年生時は控えであったが3年生時には4番、右翼手として大阪大会決勝では3ランホームランも打っている。
羽田 恭介(はた きょうすけ)
和子、哲矢を中学1年のときに担任した新米の国語教師。教育熱心な生徒思いだが、こと野球となると人が変わるほどの強烈な近鉄ファン。和子の親代わりとして家庭訪問で景浦と初対面するが、最初は「南海の景浦」とは気付いていなかった。名前は当時近鉄の選手であった羽田佐々木から。特徴的な牛顔。
枡幸 久太郎(ますこう きゅうたろう)
「大虎」の常連。1976年のシーズン中に安武が偶然訪れた酒屋「枡幸」の一人息子(酒屋のボン)。通称「ボン」。たまたま持ち合わせが無かった安武に「これを呑んだら許したる」とめちゃくちゃなカクテルを作って強引に飲ませる。その日の日本ハム戦でふらつく体で代打に立ち、高橋一三のインコースがかすってサヨナラ死球となる。以来、「大虎」の常連になる。憎まれ口をたたくことも多い。
当初は野球の知識が全くなく、安武の存在も知らないという設定だった。想いを寄せる女性の気を惹くためにオールスターファン投票で安武を出場させようと多くの葉書投票を行ったが、名前を書き忘れるなどのミスをし無効になるなどのエピソードがある。しかし、その後高校時代には補欠ながら野球部員として3年間を過ごしたという設定が登場。高校最後の紅白戦で代打に出されるシーンでバッターボックスの中で「あぶさんや」とつぶやいており、少なくとも高校3年時には安武を知っていたことになる。
後に結婚し、景虎の生まれた翌年(1982年)に長男を授かった。
山田屋(やまだや)
「大虎」の常連。名は不明。弁当屋(時々「べんとう山田屋」と書かれた車が登場したり、他の人から「弁当屋」と呼ばれたりする)。阪神タイガースの力道玄馬(架空の人物)によく似た風貌をしている。チームでは阪急ブレーブスの大ファンだったが、オリックスブレーブス誕生と同時にホークスのファンになった。
中島 潔(なかしま きよし)
実在の人物。有名画家である。
作中では自身の個展を観に来た景虎の姿に強烈なインスピレーションを覚え、そのまま「大虎」まで尾行。その後違和感なく常連となる。
大虎メンバーからは「先生」と呼ばれている。



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