美術人名辞典 |
安宅冬康
読み方:あたぎ ふゆやす
戦国時代の武将・歌人。和泉岸和田城主。三好長慶の弟。通称は鴨冬、号は宗繁、一舟軒。淡路の由良・洲本・岩谷などの城をあわせ領した。和歌・堺流及び飛鳥井流の書を能くする。また、茶の湯を好んだ。永禄7年(1564)歿。
戦国時代の武将・歌人。和泉岸和田城主。三好長慶の弟。通称は鴨冬、号は宗繁、一舟軒。淡路の由良・洲本・岩谷などの城をあわせ領した。和歌・堺流及び飛鳥井流の書を能くする。また、茶の湯を好んだ。永禄7年(1564)歿。
戦国武将覚書 |
安宅冬康(あたぎ ふゆやす) 1528~1568
○三好氏 神太郎 鴨冬 一舟軒 摂津守
◇父:三好元長? 養父:安宅大炊介実俊? 子:安宅信康、清康
元は紀伊・安宅荘に興った淡路水軍安宅氏一族。阿波・三好氏一族とも、安宅氏から三好氏に入嗣後に復姓したとも言われ、定かでない。安宅水軍を統括して淡路海域の制海権を抑えると共に、和泉・岸和田城にも進出して、陸海戦共に兄三好長慶の畿内制圧を助けた。だが、重臣松永久秀の讒言により、長慶から謀反を疑われ、河内・飯盛城に誘殺された。和歌を嗜み、書を能した教養人でもあった。
◇父:三好元長? 養父:安宅大炊介実俊? 子:安宅信康、清康
元は紀伊・安宅荘に興った淡路水軍安宅氏一族。阿波・三好氏一族とも、安宅氏から三好氏に入嗣後に復姓したとも言われ、定かでない。安宅水軍を統括して淡路海域の制海権を抑えると共に、和泉・岸和田城にも進出して、陸海戦共に兄三好長慶の畿内制圧を助けた。だが、重臣松永久秀の讒言により、長慶から謀反を疑われ、河内・飯盛城に誘殺された。和歌を嗜み、書を能した教養人でもあった。
あたぎふゆやすのページへのリンク