三省堂 大辞林 |
あじろ-ひろのり 【足代弘訓】
(1784-1856) 江戸後期の国学者・歌人。伊勢外宮の神職。通称、権太夫。号、寛居(ゆたい)。荒木田久老・本居春庭らに師事。考証や古典の類聚編纂に努める。天保の飢饉(ききん)に私財を投じ窮民を救った。「日本紀人名部類」「海士(あま)の囀(さえずり)」など著書多数。
美術人名辞典 |
足代弘訓
読み方:あじろ ひろのり
江戸中期の画家・本草学者。名古屋藩の儒医。京都生。浅井東軒の子。名は初め政直のち惟寅、字は夙夜、通称は頼母、別号に幹亭・篤敬斎。画を望月玉蟾に学び、特に墨竹に秀で、平安四竹の一人に数えられている。天明2年(1782)歿、77才。
江戸中期の画家・本草学者。名古屋藩の儒医。京都生。浅井東軒の子。名は初め政直のち惟寅、字は夙夜、通称は頼母、別号に幹亭・篤敬斎。画を望月玉蟾に学び、特に墨竹に秀で、平安四竹の一人に数えられている。天明2年(1782)歿、77才。
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