三省堂 大辞林 |
あしかが-よしあきら 【足利義詮】
美術人名辞典 |
足利義詮
読み方:あしかが よしあきら
室町幕府二代将軍。足利尊氏の三男。幼名は千寿王。元弘の乱で尊氏が西上した際は人質として鎌倉にあり、幕府滅亡後、細川和氏らの援助で関東を管領した。叔父直義の失脚により入京し政務を執る。そののち直義・直冬や南朝と京都の争奪戦を繰り返すが、尊氏歿後征夷大将軍に任官、執事細川清氏失脚ののちは管領斯波氏を登用し、政権を安定させ、大内弘世・山名時氏を帰服させて中国を統一した。晩年は義満に家督を譲り、管領細川頼之に補佐を託した。正平22年(1367)歿、38才。
室町幕府二代将軍。足利尊氏の三男。幼名は千寿王。元弘の乱で尊氏が西上した際は人質として鎌倉にあり、幕府滅亡後、細川和氏らの援助で関東を管領した。叔父直義の失脚により入京し政務を執る。そののち直義・直冬や南朝と京都の争奪戦を繰り返すが、尊氏歿後征夷大将軍に任官、執事細川清氏失脚ののちは管領斯波氏を登用し、政権を安定させ、大内弘世・山名時氏を帰服させて中国を統一した。晩年は義満に家督を譲り、管領細川頼之に補佐を託した。正平22年(1367)歿、38才。
あしかがよしあきらのページへのリンク