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あさかぜ (列車)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2012/05/18 22:46 UTC 版)
あさかぜとは、日本国有鉄道(国鉄)のちに分割民営化後は東日本旅客鉄道(JR東日本)と西日本旅客鉄道(JR西日本)が、東京駅 - 博多駅または下関駅間を東海道本線・山陽本線・鹿児島本線経由で運行していた寝台特急列車である。
本項では、東京と中国地方・九州を結んだ急行列車の沿革についても記述する。
- ^ ““殿様あさかぜ”体験記”. 鉄道ピクトリアル 2009年 04月号 (電気車研究会). (2009-02-21). ISBN 4910064110491.
- ^ 東京駅発、消えゆくブルトレ「銀河」「富士」「はやぶさ」…利用客減、廃止の方向 - 朝日新聞 2007年11月26日
- ^ a b 『「あさかぜ」最終列車、1分半で完売 ツアーも人気』 - asahi.com(朝日新聞) 2005年1月27日
- ^ 「夜行列車に『あさかぜ』はおかしいのではないか」という疑問に対しては「朝風とともに着くのだ」と返したという。
- ^ 『新幹線発案者の独り言』79-81ページ
- ^ a b c このダイヤについては阪田貞之著『列車ダイヤの話』(旧中央公論社 1964年 中公新書 ISBN未設定書籍のため国立国会図書館NDL-OPACにより検索結果)に詳しい。
- ^ 当時の客車列車はまだ自動ドアの時代ではなかったため、運転停車という概念は存在しなかった。京都・大阪の両駅で深夜時間帯に客扱いをしなくなったのは、手動ながら扉の一斉施錠が可能な20系客車に置き換えられてからかなり年月が経った1970年以降である。
- ^ a b 「鉄道ピクトリアル」399 p.70以下による。
- ^ 上りは下関発25日から。『時刻表』1977年10月号編成表による。
- ^ ごくまれに、ED75等による牽引も有った
- ^ いわゆる「在来形車両」という定義は20系客車以前に設計・製造されたスハ43系客車までの車両と、20系客車と同時期に設計・製造されたがスハ43系までの車両と混用される前提で設計された10系客車および昭和初期までの木製客車に鋼体化改造を行った60系客車を指す。Wikipediaの「国鉄・JRの客車」一覧では「鋼製一般形客車」に該当する。詳細は、客車および国鉄20系客車を参照されたい。
- ^ a b c d 三宅俊彦著『列車名変遷大事典』(ネコパブリッシング 2006年 ISBN 4-7770-5182-X)によると、場合によりスハニ32形車両の代わりにスハニ36形車両も連結された。
- ^ ナロネ20の場合、正確には2人用区分室は1人用個室「ルーメット」2人分での販売ではなく、開放式寝台と同等の料金となった。しかし、販売上ではマルス上で販売しない「2人用個室」として取り扱われたとされる。
- ^ スロ54形・ナロ10形車両はいわゆる「特別二等車」であるが、特別急行列車の場合、他の列車でも「二等車」として扱われた。特別二等車を参照のこと。
- ^ 『鉄道ピクトリアル』399 p.61
- ^ 三宅俊彦著『列車名変遷大事典』(ネコパブリッシング 2006年 ISBN 4-7770-5182-X )による。
- ^ 寺本光照『国鉄在来線黄金時代の軌跡』イカロス出版刊「j train」No.32- による。
- ^ a b 関祟博・諸河久著『ブルートレイン』p.108(保育社カラーブックス483 1979年 ISBN未設定書籍のため国立国会図書館NDL-OPACによる検索結果)、三宅俊彦著『列車名変遷大事典』(ネコパブリッシング 2006年 ISBN 4-7770-5182-X )による。
- ^ 『鉄道ピクトリアル』電気車研究会 216号 p.8
- 1 あさかぜ (列車)とは
- 2 あさかぜ (列車)の概要
- 3 使用車両・編成の歴史
- 4 参考文献