「手控え」を含む用例
・上村松園 画室談義 (青空文庫)
階下の涼しい木蔭の方が制作し易いからです。 画室の至るところ、この隅には手控えの手帖が数冊、ここには子供ばかりをスケッチしたノートがかためて置かれてあり、また階下の画室のどこそこには桜花ばかり描いた縮図帳が、と私の上下の画室内部には、私の...
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・菊池寛 乱世 (青空文庫)
十八日、官軍の先鋒が鈴鹿を越えたという報をきくと、同文の嘆願書を隣藩亀山藩へ送った。 二十一日、鎮撫使から御汰沙の手控えが、亀山藩の手を通して、桑名藩にいたされた。文面は、次の通りであった。 先般...
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・宮本百合子 三つの「女大学」 (青空文庫)
の精神が持っていた壮健な常識の響は福沢諭吉の言葉をとおして、これらの文章のうちにも高く鳴っているのである。 そもそも福沢諭吉が、「女大学」を読んで、それに疑問を抱き、手控えをはじめたのは、彼が二十五歳で大阪から江戸へ出て来たときからのことであった。明治...
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・宮本百合子 女性の歴史の七十四年 (青空文庫)
福沢諭吉が益軒の「女大学」を読んで、それに疑義を抱き、手控えをこしらえはじめたのは彼の二十五歳の年、大阪から江戸へ出た時代の事である。「学問のすすめ」は明治五年にあらわれて、日本の黎明に大きい光明を投げたのに、「女大...
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・佐々木味津三 右門捕物帖 七化け役者 (青空文庫)
いま尾州家より家老をもって内々のお申し入れこれあり、品川宿の一条に対する 詮索 ( せんさく ) 詮議 ( せんぎ ) は 爾今 ( じこん ) 無用にされたしとのことに 候 ( そうろう ) 条、そのほう吟味中ならば手控えいたすべく、右伝...
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・国枝史郎 前記天満焼 (青空文庫)
は云っても藪から棒に、無闇と士官をお薦めしても、貴殿にはおそらく烏乱に 覚 ( おぼ ) され、御承引を手控えなされようもしれぬ。これは 御理 ( ごもっとも ) 、当然でもござる。それでまず何より拙者の身分を、お打...
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・南方熊楠 十二支考 羊に関する民俗と伝説 (青空文庫)
( いん ) にして勳王室にあり、楚ごとき劣等の諸侯に酒を送るさえ礼に 叶 ( かな ) わぬに、その薄きを責むるも甚だしと憤って辞せずに還った。宣王すなわち斉とともに魯を攻めた。梁の恵王常に趙を撃たんとしたが楚を畏れて手控え...
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・豊島与志雄 程よい人 (青空文庫)
返済金にピース十個ぐらいは添えた。同僚の仲だし、利息を出そうとしても取りはすまいし、謝礼に煙草十個など、まあ程好いところだろう。 私の見当では、借金の全額はもっと殖すことが出来た。然し十万円程度に止めた。図に乗ってはいけないと、自ら手控え...
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